CAN(カン)/反復するリズムが心地よいジャーマン・ロックバンド



ジャーマン・ロック(クラウト・ロック)界には不思議な音楽観を持つバンドが多い。普通のバンドの方が少ないのではないかと思ってしまう。
また、そんな音楽を受け入れる土壌がドイツにはある。

ドイツは昔からクラシック音楽がポピュラーミュージックのように広く受け入れられていたこともあり、その延長線上にある前衛音楽や現代音楽を学ぶ人がたくさんいたようだ。

第二次世界大戦後に、シュトックハウゼンが前衛音楽の一人者となり、50年代半ばから電子音楽を追求するようになり、更にはインド哲学や世界の民俗音楽などを融合させたりとした神秘主義的な音楽を続々と発表する。

こんな流れは日本では考えられない。
私の偏見だが、まず日本でクラシックを聴く人は金持ちかヘビメタ野郎位だ。

しかし1962年にアメリカの前衛音楽家「ジョン・ケージ」が来日したことをきっかけに日本でもミュージック・コンクレート(今で言うサンプリングみたいなもの)を利用した創作活動を行う音楽家が増えたようだ。

一柳慧(いちやなぎとし=オノ・ヨーコの最初の旦那)がその筋では一人者で、ミニマル・ミュージック(反復音楽)にも力を入れている。当時、日本では前衛音楽とポップミュージックが結びつくことはなかったが、ドイツでは結びついた。やはり土壌のせいだろう。(更にはヒッピー文化も融合されることに)

えーと。
物凄く長い前フリになってしまいましたが、話をカンに戻します。

イルミン・シュミット(Key)とホルガー・シューカイ(Bass)が、1965年頃にシュトックハウゼンの現代音楽講座にて出会ったことがカンの始まり。(ここで話が繋がるわけです。ふぅ~。)

彼らは現代音楽畑の頭でっかち主義にだんだん嫌気を覚えるようになる。いくら前衛音楽を受け入れる土壌があるとはいえ、流石にもっと多くの大衆にアピールできる音楽を演奏したくなったようだ。そして、いくつかのセッションの末、フリージャズ畑のジャキ・リーベツァイト(Ds)、ホルガーが音楽教師をしていた学校の卒業生、ミヒャエル・カローリ(G)に、アメリカ人フルート奏者のデヴィッド・ジョンソンの5人が集結し、曲を作り始める。デヴィッドはすぐに脱退。その直後にアメリカ黒人画家のマルコム・ムーニーがボーカルで参加。

これで初期のカンの布陣が揃ったわけだ。
サウンド・コンセプトはどこにもない音楽を演奏することだった。

1968年~1969年にかけて、お城を改造したインナー・スペース・スタジオを建設し、セッションや録音を繰り返した。
その中から選りすぐられて作られたのが1stアルバム「Monster Movie」である。2トラックで録音されたこのアルバムは自主制作で500枚発売されたが、あっという間に売り切れ、独リバティより発売された。

このセッションで未発表になった曲を収録したものが、「DELAY1968」である。

なので私の中ではカンの1stアルバムは2枚組という位置づけなのである。

さてこの「Monster Movie」は(アナログ盤)B面1曲目の「You Doo Right」に代表されるように、ほぼワン・コードで反復リズムにマルコムのシャウトが縦横無尽に行き交い、凄いテンションが高く緊張感がある。

そしてシンプルなのだが、何回でも聴きたくなるのも特徴だ。
後のカンのアルバムと比べると最もロック的な色合いが濃いアルバムだと思う。

余談になるが60年代末からロックにアプローチするようになったマイルス・デイヴィスが70年に発表した「ジャック・ジョンソン」いうサウンドトラックはカンの1stを手本にしているのではないか。と考えるのは突飛すぎるだろうか。

そして、「Monster Movie」発売直後にマルコムは精神が不安定になりアメリカに帰国することとなる。
何人かのボーカリストとセッションをするがコレといった人選に恵まれなかったが、1970年に「ダモ・鈴木」と出会うことになる。ダモ・鈴木氏は横浜出身の日本人でシベリア鉄道を乗り継ぎミュンヘンにたどり着いたヒッピーだった。ダモ氏は「年寄りばかりの変なバンドだけど音楽的な指示は受けなかったから加入した。」という理由でメンバーに。

 

1970年にはセカンドアルバム「Sound Tracks」を発表。

このアルバムはその名の通り、カンのサウンドトラック・ワーク集となっている。

この中の1曲「Mother Sky」は荒々しいワンコード&反復リズムといったカンお得意のパターンにダモ氏のポップな歌がのっかる絶品の曲!
私は、ゆらゆら帝国の「男は不安定」はこの曲からインスパイアされたのではとにらんでいる。

 

1971年には本来セカンド・アルバムになる予定だった2枚組「Tago Mago」が発売される。

このアルバムで益々ミニマル・ミュージック色が濃くなり、そこになおかつ実験的な要素が加わるようになっていく。
ダモ氏が日本語英語(一部日本語で歌う箇所も)で歌うメロディは、妖しげで艶っぽく、カンの反復リズムにとても合っている。

「Peking O 」ではリズムボックスを多用し、ピアノはジャズっぽく、なんともアバンギャルドなフリーミュージックなのだが、ここでのダモ氏の歌い方は後に日本のバンド「あぶらだこ」のヒロトモ氏に受け継がれている気がするのは私だけか?

 

1972年発売の4枚目のアルバム「Ege Bamiyasi」はカンのアルバムの中では一番聴きやすいと思う。


カンを聴いたことがない方はここから聴くことをオススメする。

曲もコンパクトにまとめられていて、このアルバムに収められている「Spoon」はドイツ国内のチャート1位を記録するカン最大のヒット曲。

 

脂の乗り切ったカンは1973年に5枚目のアルバム「Future Days」を発表。

このアルバムはカンの最高傑作の声が多い。

従来のカンの音楽スタイルに映像を思い浮かべるような水の流れのSEなど音響が加わり、ある意味環境音楽をコンセプトにしたアルバムともとれる位に統一感のある気持ちいい作品。しかし、このアルバムの録音直後にダモ鈴木は突然脱退することに。

その後もカンは活動を続けていくのだが、私個人的にはあまり興味がないので省略します。

最後に余談をひとつ。
私が中学生の頃、Phewという女性シンガーがいて、その人の曲「終曲」(坂本龍一が参加)が大好きで、その後に出したアルバム「Phew」のプロデューサーがホルガー・シューカイというドイツ人のおっさんという認識があったので、カンのメンバーにホルガーがいてびっくりした記憶がある。

色々繋がってるんですねぇ。

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